戸田恵梨香の父親が急逝した真相と深すぎる絆の全貌!父が遺したスクラップの涙の物語!

女性芸能人

突然すぎた別れ、65歳での急逝

2020年5月、女優・戸田恵梨香さんの父親である戸田順壱さんが、兵庫県神戸市の自宅で急死していたことが同年12月に明らかになりました。享年65歳という、あまりにも若すぎる旅立ちでした。

戸田さんの実家近くに住む女性は「7カ月ほど前、戸田さんのお父さんが亡くなったんです。その後、すぐにご家族は引っ越していきました。お父さんは亡くなる1週間ほど前にもコンビニに行くところをお見かけするほど元気だったので、本当にびっくりしました。まだ65歳という若さだったそうです」と語っています。

訃報が明らかになったのは、戸田恵梨香さんと俳優の松坂桃李さんが電撃結婚を発表した直後のことでした。死因については「新型コロナウイルスではないと聞いているが、詳しくは分からない」とされており、あまりにも突然の死に家族も近隣住民も大きな衝撃を受けたことがうかがえます。


少林寺拳法四段の師範として家族を支えた父

戸田順壱さんは大手保険会社のサラリーマンとして働きながら、少林寺拳法の師範として神戸市灘区の自宅に道場を構えていた人物です。仕事と武道を両立しながら、少林寺拳法の四段にまで昇段した実力者でした。

順壱さんを25年間指導し、結婚式の仲人も務めた「少林寺拳法神戸六甲道院」の宮原照雄道院長は、かつてこう語っています。「恵梨香さんのお父さんは大手保険会社のサラリーマンでしたが、仕事をしながら四段にまで昇格しました。私はこれまで2千人ほど教えてきましたが、そこまでいったのは十数人だけ。ものすごく紳士的で、そして強かった。『拳禅一如』といって、体だけでなく心も鍛えて心身を健全にしていく。そんなもっとも大事な少林寺の教えを、お父さんは娘に伝えていたのでしょう」。

戸田恵梨香さんも幼いころに父の道場で少林寺拳法を習っており、父が直接厳しく指導していたといいます。その「自信と勇気を持って生きる」という少林寺の精神は、のちに女優として生きる戸田さんの根幹となっていきます。


芸能界入りの背中を押した父の言葉

戸田恵梨香さんが小学5年生のころから芸能活動を始めていた中、娘の夢を誰よりも応援し続けたのが父・順壱さんでした。小学生のころには仕事で学校行事のミニキャンプに参加できなかった娘のために、後日同級生たちも含めてキャンプに連れて行くほどの娘思いな一面も持っていました。

そして人生最大の分岐点が訪れます。中学卒業を前に、戸田さんは「神戸に残って進学するか、それとも上京して芸能界にチャレンジするか」と深く悩んでいました。その際に背中を押してくれたのも、父の順壱さんでした。同級生の母親は「女優になる夢があるなら、自信と勇気を持ってチャレンジしなさい。そんなアドバイスがあったからこそ、恵梨香ちゃんは女優として生きていく決意を固めることができたみたいです」と振り返っています。

また、戸田さんはテレビ番組でこんなエピソードも明かしています。仕事に悩んで挫けそうになったとき、父から「恵梨香を食べさせるぐらいの余裕はあるからいつでも帰ってきていい」と言われたといいます。その言葉が逆に「帰ったら自分が自分に負けるんだ」という闘志に火をつけ、女優としてのやる気を奮い起こしたそうです。戸田さんは「本当に私を形成したのは父だと思います」と、深い感謝を語っています。

さらに父・順壱さんは花火大会やゲームセンターなど人の多い場所への外出を禁止するほど娘を過保護に守りながらも、夢を追うことには全力で背中を押す、一見矛盾しているようで愛情深い父親だったとも伝えられています。


娘を思い続けたスクラップブックの存在

父・順壱さんが急逝した後、遺品の中から涙なくして見られないものが見つかりました。戸田恵梨香さんが芸能界デビューをしたころから、父がこつこつと集め続けた新聞の切り抜きスクラップブックです。娘の記事が掲載されるたびに丁寧に切り取り、保管し続けていた手作りのスクラップは、父の娘への愛情と誇りが詰まった宝物でした。

近所の住人によれば、父・順壱さんは戸田さんが活躍すればするほど、そのスクラップを大切に積み重ねていたといいます。表舞台には立たず、ひっそりとしかし確かに娘の成長を見守り続けた父の姿が、そのスクラップブックから浮かび上がります。

また、「恵梨香ちゃんのご両親は、とても庶民的な方です。買い物は普通のスーパーですし、移動はいつも自転車。彼女が活躍するようになってからも決して偉ぶらないし、生活が派手になることもありませんでした」という近隣住民の言葉が、順壱さんの人柄をよく物語っています。


阪神淡路大震災で家族の上に覆いかぶさった父の背中

戸田恵梨香さんが6歳のときに起きた1995年の阪神淡路大震災でも、父・順壱さんは命がけで家族を守りました。戸田さんは過去に自ら語っています。「父がすごく正義感が強い人で、被災した時は私が寝ている左に母がいて、まだ生まれて間もない、生後数か月の妹がいて、大地震が起きて、気付いた時に父が私たち3人の上に覆いかぶさって、父の上にタンスが倒れていた。父が体を張って家族を守る姿を見て、私も家族を守っていかなきゃって気持ちが自分にも芽生えていましたね」。

少林寺拳法の師範として磨いた強さと心。その姿こそが、戸田恵梨香さんの芯の強さや人としての根本を形作っていたといえます。


「この人の遺伝子を遺したい」父の急逝が結婚を決意させた

父・順壱さんの急逝は、戸田恵梨香さんの人生観に大きな転換をもたらしました。戸田さんは2025年11月に掲載されたインタビューでこう語っています。「ずっと24歳で結婚すると言っていたんです。でも現実には目の前の仕事に追われてそれどころじゃなかった。結婚は意識していましたが、いざとなると本当にしたいのかな、本当に子供が欲しいのかな、って。でも父が亡くなったとき、この人の遺伝子を残したいな、と強く思ったんです。その思いが私の背中を押してくれました」。

仕事こそが人生だった戸田さんにとって、最愛の父の死という大きな悲しみが、逆に新たな命へとつながる決断を後押ししたのです。2020年12月に松坂桃李さんとの電撃結婚を発表し、2023年5月には第一子を出産。父が守り続けた命と愛情は、新しい世代へと確かに受け継がれています。


父が遺した教えと、今も続く娘の歩み

父・順壱さんが娘に伝えた「自信と勇気を持ってチャレンジしなさい」という言葉は、戸田恵梨香さんの女優人生の根幹に生き続けています。2025年には「日本の演技派女優ランキング」で1位に輝き、2026年1月スタートのTBS日曜劇場『リブート』でおよそ3年ぶりの女優復帰を果たしました。出産・育児を経てなお第一線に立ち続ける姿は、まさに父から受け継いだ「どんな状況でも逃げずに前を向く」精神そのものです。

父・順壱さんが積み重ね続けたスクラップブックのように、戸田恵梨香さんの軌跡は今もページを刻み続けています。最愛の父親から授かった強さと愛情を胸に、これからも戸田恵梨香さんは歩み続けていきます。

 

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